日本の都市住宅を考える上で最も重要な人物の一人。初期の作品の森博士の家はその金字塔。柔和な顔しているけれど、なんかすごそう!!どんな人なのだろう?
「ダバダ〜、ダーバ、ダバダ〜」違いが分かる男!ネスカフェの人です!
建築家 清家清の代表作を紹介します。
建築家 清家清に関わる書籍を紹介します。
建築家 清家清の建築全作品リストを付けます。
清家清は、1918年生まれで太平洋戦争に行って戻ってきて、すぐに東京工業大学の先生になっています。
建築家の篠原一男の師匠に当たるのだけど、篠原は1925年生まれなので年齢差は7歳だから比較的年が近いですね。篠原は数学を専攻してから建築を学びなおしているから、そのときにすでに清家清は大学の先生だった。だけど、清家清が初めて発表したデビュー作の「森博士の家」は竣工が1951年で清家清が33歳の時です。一方で、篠原一男はデビュー作が「久我山の家」で1954年竣工。篠原が29歳のときです。太平洋戦争の影響が強く出ている時代ですね。
この時代に、清家清は森博士の家(1951)でデビューしました。森博士とは、森鴎外と最初の妻の間にできた長男の森於菟(もりおと)の家です。その後に、斎藤助教授の家(1953)、宮城教授の家(1953)、私の家(1954)を設計しています。構造や平面構成の新しさもさることながら、興味深いのは限られた空間の中での家族の住まい方も提案していますね。
清家清は、今の住宅にあるnLDKといったように、部屋を細かく区切るようなことはしません。多様な機能を各空間に持たせることで、狭小な土地の中に最大限の空間を実現しています。一方で閉鎖的な空間は、住居の左右に配置されます。家族が4人が、それぞれのライフステージで快適な暮らしを見つけられるように、大きな宿題を住む人に課しているようにも思えます。「君なら、ここをどう住まいこなす?」といった感じで。その変化を許容できる平面構成です。
うーん!住んでみたいですねー。平屋!!いいですね。斎藤助教授の家は、19坪の平屋です。63平米です。これは、都心のマンション(少し広いかな?)で、家族4人がどう過ごす?という現代的な課題へも置き換えられますね!清家清は、私が大好きな建築家の一人です。
1918年京都府京都市生まれ。
父は、東京都立大学(現 首都大学東京)の教授で機械工学者の清家正。また息子に、慶應義塾大学塾長を努めた清家篤がいる。清家清は少年期は神戸で過ごす。上京後、1941年に東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業。その後1943年に東京工業大学を卒業。
太平洋戦争に従軍する。復員後、東京工業大学に戻り、助手、助教授を経て、1962年から教授(44歳)。清家清研究室の門下生として、林昌二、林雅子、篠原一男らが門下生としている。
主な建築作品としては、森博士の家(1951)、斎藤助教授の家(1953)、宮城教授の家(1953)、私の家(1954)、九州工業大学記念講堂(1960)、軽井沢プリンスホテル新館(1982)などがある。
森博士の家は個人宅ですが、国の登録有形文化財(建造物)に指定されているため、国指定等文化財データベース「森博士の家」で詳細を見ることができます。そのため、以下の地図についても表記しています。
「私の家」は個人宅ですが、国の登録有形文化財(建造物)に指定されているため、国指定等文化財データベース「私の家」で詳細を見ることができます。そのため、地図についても表記しています。
私が読んだことのある本を紹介します。
戦後住宅史に残る名作といわれる清家清の「私の家」。1950年代から清家清が設計した一連の住宅は、障子や畳、欄間のような日本建築のエレメントや、伝統的な暮らし方や住まい観が、近代建築の技術や手法と見事な調和を果たしてモダンな空間を生み出した。なかでも、わずか一五坪ほどのこの小さな住宅は、プランニング、構造、ディテールだけではなく、それら清家清の住まいへの考え方や実験的試みが詰め込まれており、その後の日本の住宅設計全般に少なからぬ影響を与えた。建設当時の社会背景から、家族の成長や生活環境の変化に従って「私の家」「続・私の家」「倅の家」と増築・改築を重ねながら住み継がれてきたHomeの記録。
「BOOK」データベースより
著者である松野高久氏にとって清家清の存在は、建築を志した東工大の清家研究室の門下生となった恩師であり、また自身の結婚式の媒酌人であったという恩人である。そんな近しい間柄ゆえに通り一遍の評伝に終わらない。視座が広く微に入り細を穿つ。清家清の考え、信念、好み、性向まで、その言説をベースに本や映像、記録、インタビューを通して、本書をまとめあげた労作。徹底的に清家清の建築に対する考え方、宗教、生死感、生活感、食事の好み、ライフスタイル、家族に対する思いまで、仔細に明らかにしようとしている点で、新たな建築家の評伝と言ってもよい。建築を学ぶものには必読書。
AMAZON商品紹介より
2006年に新建築社から出版された、清家清の作品集である。清家清は2005年4月8日になくなっているため、本書は清家清の全作品をまとめた総括的な位置づけである。清家清の作品集として網羅的なものであり、建築関係者には必見である。
住宅設計の泰斗(たいと)が提唱した家相の再発見! 迷信の代名詞とされた「家相」に建築学的、住居学的な新しい光をあて、伝承の中に隠された先人の知恵を蘇らせた本。住宅に関心を持つすべての人たちの、科学時代の家相秘伝書として、一世を風靡したロングセラーが内容を一新して登場。一戸建てからマンションまで、よりよい住まい方のためのほんとうに役に立つ実用の書。
情報化時代といわれる現代、快適な住まいとはどのようなものか。ヒトと住まい、家族と住まい、地域社会と住まいのかかわりをみながら、21世紀の豊かな住生活を考える。
高齢者に住み心地がいい家は、誰にとっても住みやすい。住居・建築学の第一人者が長年の知恵と経験で説いた健康、安全、快適な住まいづくりベスト100。
住居・建築学の第一人者が80年の知恵と経験を生かして説いた、“家族を醸成させる家づくりの知恵ベスト100”。
こちらは本当に勉強になります!!
ロングセラー「日本の作庭入門」の写真と図版が新しくなって登場。さらに豊富なヴィジュアルで、日本の庭作りを見やすくわかりやすく解説。
| 建築作品名 | 竣工 | 所在地 | 備考 |
| 森博士の家 | 1951 | 東京都文京区 | DOCOMOMO JAPAN選定作品 |
| 斉藤助教授の家 | 1952 | 東京都大田区 | 現存せず |
| 竹田教授の家 | 1952 | 東京都文京区 | |
| 奥田博士の家 | 1952 | 神奈川県川崎市 | |
| 宮城教授の家 | 1953 | 東京都大田区 | 現存せず |
| コの字型平面の家 | 1953 | 東京都渋谷区 | |
| 私の家 | 1954 | 東京都大田区 | 登録有形文化財 |
| 数学者の家 | 1954 | 東京都目黒区 | |
| 坪井教授の家 | 1955 | 東京都世田谷区 | |
| 崖の家 | 1956 | 兵庫県芦屋市 | |
| 台地の家 | 1959 | 千葉県船橋市 | |
| 九州工業大学記念講堂 | 1960 | 福岡県北九州市 | DOCOMOMO JAPAN選定作品 |
| 西田博士の家 | 1961 | 東京都大田区 | 現存せず |
| 東京国際見本市鉄鋼特設館 | 1961 | 東京都 | 現存せず |
| 小原流家元会館 | 1962 | 兵庫県神戸市 | |
| 島沢先生の家 | 1962 | 東京都品川区 | |
| 埼玉農林会館 | 1962 | 埼玉県さいたま市 | |
| 東京オリンピック選手村メインゲート | 1964 | 東京都 | 現存せず |
| 久が原の家 | 1964 | 東京都大田区 | |
| 乃村工藝社東京社屋 | 1966 | 東京都港区 | 現存せず |
| 林教授の家 | 1967 | 東京都中野区 | |
| 東京工業大学南5号館 | 1967 | 東京都大田区 | |
| 東京工業大学事務局1号館 | 1967 | 東京都大田区 | |
| 九重坂の家 | 1967 | 兵庫県神戸市 | |
| 豊雲記念館 | 1970 | 兵庫都神戸市 | |
| 日本万国博覧会・国連館・スイス館・アメリカ館ディスプレイ・虹の塔(専売公社館) | 1970 | 大阪府吹田市 | |
| 東が丘の家 | 1970 | 東京都目黒区 | |
| 代々木の家 | 1970 | 東京都渋谷区 | |
| 続私の家 | 1970 | 東京都大田区 | |
| 続久が原の家 | 1970 | 東京都大田区 | |
| 在フィリピン日本大使館公邸 | 1971 | マニラ | |
| 駒込の家 | 1971 | 東京都文京区 | |
| 保土ヶ谷の家 | 1974 | 神奈川都県横浜市 | |
| 伊豆・三津シーパラダイス | 1977 | 静岡県沼津市 | |
| 軽井沢プリンスホテル新館 | 1982 | 長野県軽井沢町 | 1982年増築 1991改修 |
| 野尻湖プリンスホテル(野尻湖ホテルエルボスコ) | 1983 | 長野県信濃町 | |
| 水上高原プリンスホテル | 1984 | 群馬県みなかみ町 | |
| 新富良野プリンスホテル | 1988 | 北海道富良野市 | |
| 在シンガポール日本大使館公邸 | 1988 | シンガポール | |
| 倅の家 | 1989 | 東京都大田区 | |
| 横浜・八景島シーパラダイス | 1993 | 神奈川県横浜市 | |
| 鎌倉プリンスホテル | 1994 | 神奈川県鎌倉市 | |
| 札幌市立高等専門学校 | 1995 | 北海道札幌市 | |
| パラオ国サンゴ礁保全研究センター | 1999 | コロール |
清家清の建築は、戦後の物資不足の時代、家族という価値観が大きく変化する中で、住宅を通して、人の生活を見つめています。住宅という最も身近な空間の中で、モダニズムの思想と日本の伝統を融合し、どのように個を尊重しつつ限られたスペースで生活できるのかについて、問いかけています。
これは、今も全く古びることなく継承していくことができますね。個人住宅は外観しか見ることができませんが、一見の価値があります。周りの住宅地の迷惑にならないように、十分に気をつけましょう!
皆さん、こんにちは、優良な投資…
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