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建築家 清家清を知ろう! 戦後の小住宅作家(全作品リストあり)

日本の都市住宅を考える上で最も重要な人物の一人。初期の作品の森博士の家はその金字塔。柔和な顔しているけれど、なんかすごそう!!どんな人なのだろう?

学生
先生、僕の家は小さいから、小さくても快適に住める家を調べていたら、こんな人を見つけました!あれ?名前なんだっけ?前から読んでも後ろから読んでも同じ名前だったような?なんて読むのかな。
建築の先生
なるほど、君はいつも目の付け所が他の学生と違うようだね!

「ダバダ〜、ダーバ、ダバダ〜」違いが分かる男!ネスカフェの人です!

建築の先生
ごめん。いや、それは、、、ちょっと古かったね。それは、清家清ではないかな?「せいけきよし」と読むのですよ。戦後すぐから作品を発表して、日本の近代住宅史上、最も重要な人ですよ!よーし、それでは、今日は建築家の清家清についてちょっと勉強してみましょう。

本記事の内容

建築家 清家清の代表作を紹介します。

建築家 清家清に関わる書籍を紹介します。

建築家 清家清の建築全作品リストを付けます。

✔POINT

清家清は、1918年生まれで太平洋戦争に行って戻ってきて、すぐに東京工業大学の先生になっています。


 建築家の篠原一男の師匠に当たるのだけど、篠原は1925年生まれなので年齢差は7歳だから比較的年が近いですね。篠原は数学を専攻してから建築を学びなおしているから、そのときにすでに清家清は大学の先生だった。だけど、清家清が初めて発表したデビュー作の「森博士の家」は竣工が1951年で清家清が33歳の時です。一方で、篠原一男はデビュー作が「久我山の家」で1954年竣工。篠原が29歳のときです。太平洋戦争の影響が強く出ている時代ですね。


この時代に、清家清は森博士の家(1951)でデビューしました。森博士とは、森鴎外と最初の妻の間にできた長男の森於菟(もりおと)の家です。その後に、斎藤助教授の家(1953)、宮城教授の家(1953)、私の家(1954)を設計しています。構造や平面構成の新しさもさることながら、興味深いのは限られた空間の中での家族の住まい方も提案していますね。


清家清は、今の住宅にあるnLDKといったように、部屋を細かく区切るようなことはしません。多様な機能を各空間に持たせることで、狭小な土地の中に最大限の空間を実現しています。一方で閉鎖的な空間は、住居の左右に配置されます。家族が4人が、それぞれのライフステージで快適な暮らしを見つけられるように、大きな宿題を住む人に課しているようにも思えます。「君なら、ここをどう住まいこなす?」といった感じで。その変化を許容できる平面構成です。


うーん!住んでみたいですねー。平屋!!いいですね。斎藤助教授の家は、19坪の平屋です。63平米です。これは、都心のマンション(少し広いかな?)で、家族4人がどう過ごす?という現代的な課題へも置き換えられますね!清家清は、私が大好きな建築家の一人です。

目次

  1. 建築家 清家清の略歴
  2. 建築家 清家清の代表作 紹介
  3. 建築家 清家清の書籍 紹介
  4. 建築家 清家清の建築 全作品リスト
  5. まとめ

1.建築家 清家清の略歴

1918年京都府京都市生まれ。

父は、東京都立大学(現 首都大学東京)の教授で機械工学者の清家正。また息子に、慶應義塾大学塾長を努めた清家篤がいる。清家清は少年期は神戸で過ごす。上京後、1941年に東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業。その後1943年に東京工業大学を卒業。

太平洋戦争に従軍する。復員後、東京工業大学に戻り、助手、助教授を経て、1962年から教授(44歳)。清家清研究室の門下生として、林昌二、林雅子、篠原一男らが門下生としている。

主な建築作品としては、森博士の家(1951)、斎藤助教授の家(1953)、宮城教授の家(1953)、私の家(1954)、九州工業大学記念講堂(1960)、軽井沢プリンスホテル新館(1982)などがある。

2.建築家 清家清の代表作 紹介

森博士の家 (1951)

森博士の家
  • 設計:清家清
  • 竣工:1951年
  • 住所:東京都文京区本駒込一丁目11-51
  • 登録有形文化財(建造物)

森博士の家は個人宅ですが、国の登録有形文化財(建造物)に指定されているため、国指定等文化財データベース「森博士の家」で詳細を見ることができます。そのため、以下の地図についても表記しています。

私の家 (1954)

私の家
  • 設計:清家清
  • 竣工:1951年
  • 住所:東京都大田区東雪谷三丁目519
  • 登録有形文化財(建造物)

「私の家」は個人宅ですが、国の登録有形文化財(建造物)に指定されているため、国指定等文化財データベース「私の家」で詳細を見ることができます。そのため、地図についても表記しています。

九州工業大学記念講堂 (1960)

九州工業大学記念講堂
  • 設計:清家清
  • 竣工:1960年
  • 場所:東京都杉並区
  • 住所:〒804-0015 福岡県北九州市戸畑区仙水町1
  • DOCOMOMO JAPAN選定作品

3.建築家 清家清の書籍 紹介

私が読んだことのある本を紹介します。

「私の家」白書

戦後住宅史に残る名作といわれる清家清の「私の家」。1950年代から清家清が設計した一連の住宅は、障子や畳、欄間のような日本建築のエレメントや、伝統的な暮らし方や住まい観が、近代建築の技術や手法と見事な調和を果たしてモダンな空間を生み出した。なかでも、わずか一五坪ほどのこの小さな住宅は、プランニング、構造、ディテールだけではなく、それら清家清の住まいへの考え方や実験的試みが詰め込まれており、その後の日本の住宅設計全般に少なからぬ影響を与えた。建設当時の社会背景から、家族の成長や生活環境の変化に従って「私の家」「続・私の家」「倅の家」と増築・改築を重ねながら住み継がれてきたHomeの記録。

「BOOK」データベースより

ロゴスの建築家 清家清の「私の家」―そして家族愛

著者である松野高久氏にとって清家清の存在は、建築を志した東工大の清家研究室の門下生となった恩師であり、また自身の結婚式の媒酌人であったという恩人である。そんな近しい間柄ゆえに通り一遍の評伝に終わらない。視座が広く微に入り細を穿つ。清家清の考え、信念、好み、性向まで、その言説をベースに本や映像、記録、インタビューを通して、本書をまとめあげた労作。徹底的に清家清の建築に対する考え方、宗教、生死感、生活感、食事の好み、ライフスタイル、家族に対する思いまで、仔細に明らかにしようとしている点で、新たな建築家の評伝と言ってもよい。建築を学ぶものには必読書。

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清家清 大型本

2006年に新建築社から出版された、清家清の作品集である。清家清は2005年4月8日になくなっているため、本書は清家清の全作品をまとめた総括的な位置づけである。清家清の作品集として網羅的なものであり、建築関係者には必見である。

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4.建築家 清家清の建築 全作品リスト

建築作品名竣工所在地備考
森博士の家1951東京都文京区DOCOMOMO JAPAN選定作品
斉藤助教授の家1952東京都大田区現存せず
竹田教授の家1952東京都文京区 
奥田博士の家1952神奈川県川崎市 
宮城教授の家1953東京都大田区現存せず
コの字型平面の家1953東京都渋谷区 
私の家1954東京都大田区登録有形文化財
数学者の家1954東京都目黒区 
坪井教授の家1955東京都世田谷区 
崖の家1956兵庫県芦屋市 
台地の家1959千葉県船橋市 
九州工業大学記念講堂1960福岡県北九州市DOCOMOMO JAPAN選定作品
西田博士の家1961東京都大田区現存せず
東京国際見本市鉄鋼特設館1961東京都現存せず
小原流家元会館1962兵庫県神戸市 
島沢先生の家1962東京都品川区 
埼玉農林会館1962埼玉県さいたま市 
東京オリンピック選手村メインゲート1964東京都現存せず
久が原の家1964東京都大田区 
乃村工藝社東京社屋1966東京都港区現存せず
林教授の家1967東京都中野区 
東京工業大学南5号館1967東京都大田区 
東京工業大学事務局1号館1967東京都大田区 
九重坂の家1967兵庫県神戸市 
豊雲記念館1970兵庫都神戸市 
日本万国博覧会・国連館・スイス館・アメリカ館ディスプレイ・虹の塔(専売公社館)1970大阪府吹田市 
東が丘の家1970東京都目黒区 
代々木の家1970東京都渋谷区 
続私の家1970東京都大田区 
続久が原の家1970東京都大田区 
在フィリピン日本大使館公邸1971マニラ 
駒込の家1971東京都文京区 
保土ヶ谷の家1974神奈川都県横浜市 
伊豆・三津シーパラダイス1977静岡県沼津市 
軽井沢プリンスホテル新館1982長野県軽井沢町1982年増築 1991改修
野尻湖プリンスホテル(野尻湖ホテルエルボスコ)1983長野県信濃町 
水上高原プリンスホテル1984群馬県みなかみ町 
新富良野プリンスホテル1988北海道富良野市 
在シンガポール日本大使館公邸1988シンガポール 
倅の家1989東京都大田区 
横浜・八景島シーパラダイス1993神奈川県横浜市 
鎌倉プリンスホテル1994神奈川県鎌倉市 
札幌市立高等専門学校1995北海道札幌市 
パラオ国サンゴ礁保全研究センター1999コロール 

5.最後に

清家清の建築は、戦後の物資不足の時代、家族という価値観が大きく変化する中で、住宅を通して、人の生活を見つめています。住宅という最も身近な空間の中で、モダニズムの思想と日本の伝統を融合し、どのように個を尊重しつつ限られたスペースで生活できるのかについて、問いかけています。

これは、今も全く古びることなく継承していくことができますね。個人住宅は外観しか見ることができませんが、一見の価値があります。周りの住宅地の迷惑にならないように、十分に気をつけましょう!

注意説明 公共建築以外の場所の特定は行っていません。特に住宅は、個人の所有物であるため、場所の特定をしないように配慮しております。ご了承くださいませ。

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すむことコム管理人 シミズ
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