建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、米国のカンザス州出身の建築家です。日本に帰化して、多くのキリスト教系の学校や教会を設計したことでも有名です。
本記事では、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの略歴、代表作、書籍を紹介したいと思います。建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズは1905年に20代で日本に英語教師として来日し、その後建築家、実業家として活躍します。敬虔なキリスト教徒であったために、建築はキリスト教系の大学も多いですが、銀行などの商業ビル、図書館、病院など公共建築は多岐に及びます。このヴォーリズ建築が好きな人は、建築家ではない人にむしろ多いかもしれません。機会があれば是非その空間を体験してみましょう。
建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズは1880年に米国カンザス州で生まれました。日本で多くの西洋建築を設計した建築家として知られるだけでなく、キリスト教を基本理念とした社会事業家であり、また近江兄弟社の創立者として実業家の側面もあります。讃美歌の作詞作曲も行なっており、音楽にも造詣が深く多才な人です。
両親が敬虔なキリスト教徒で、その影響を受けて小さな頃から教会に行っていたそうです。コロラドカレッジに入学して、YMCAの活動もしていました。実は建築を専攻するためにマサチューセッツ工科大学への入学が決まっていましたが、経済状況からコロラドカレッジに入学したそうです。コロラドカレッジでは、理系から文系になり哲学を専攻します。
正式な建築教育を受けていないことも、その後の多才な活動の原点になっていたように思います。この時代の建築家に共通する点です。
1905年に25歳で滋賀県立商業学校に英語教師として来日します。その後、1907年に近江ミッション(近江基督教伝道団)を創設します。1908年に京都YMCA会館の新築工事を監理したことが、後のヴォーリズ建築事務所につながります。1910年には、メンソレータム社の創業者であったハイドと出会い、これがのちの近江兄弟者の設立につながります。人との出会いは、本当に面白いです。その後、建築家レスター・チェーピン、吉田悦蔵と共にヴォーリズ合名会社を設立します。
1919年に39歳で一柳満喜子と結婚します。1920年に、W・M・ヴォーリズ建築事務所と近江セールズ株式会社を設立します。1941年に日本国籍を取得し、名前を一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)とします。
1944年に株式会社近江兄弟社を設立します。第二次世界大戦後の1946年に近江兄弟社内に建築部を作り、設計業務を再開します。
1964年に83歳で逝去します。
ミッション系の女子の寄宿学校として米国から来日した宣教師イライザ・タルカットとジュリア・ダッドレーにより1875年に開校します。第二次世界大戦後からは新制の女子大学として神戸女学院大学となります。
1907年に近江ミッション(近江基督教伝道団)を作ったウィリアム・メレル・ヴォーリズとやはりキリスト教としてのつながりがあったのだと思います。ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計でスパニッシュ・ミッション・スタイルにより校舎(講堂・総務館・チャペル、図書館、文学館、理学館、音楽学部一号館)などが作られました。ヴォーリズ設計事務所の代表作と言えます。クリーム色の外壁と赤銅色の瓦が特徴的です。
2009年にまず国の登録有形文化財に登録され、その後現存するヴォーリズ建築12棟が「重要文化財・神戸女学院」の名称で一括して重要文化財に指定されています。
ヴォーリズ記念館は、元もとは清友園幼稚園の教師寄宿舎として設計され1931年に竣工しました。竣工時からヴォーリズは自邸として使っていたものですが、現在はヴォーリズの記念館として利用されています。
木造2階建であり、内部には様々な生活に利用したものがそのまま展示され、生活がよくわかります。またピアノもあり、ヴォーリズが音楽を大事にしていたこともよくわかります。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により1937年(昭和12年)に竣工しました。アール・デコ調のすっきりとしたデザインです。
神田駿河台の高台にあるため、「山の上ホテル」という名称がぴったりです。もともと石炭商だった佐藤慶太郎により「佐藤新興生活館」として完成しました。その後第二次世界大戦後は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収されました。
ホテルとしての開業は1954年(昭和29年)で、「山の上ホテル」は実業家の吉田俊男がGHQ時代の愛称だった「Hilltop」から命名したそうです。
ホテル経営の素人であることから、独特のアットホームなサービス文化が特徴だったようです。それが、文化人、作家に愛され、「文化人のホテル」として三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静らが定宿としたことでも有名です。
2019年リニューアル工事が終了し、営業を再開しています。
古き良き時代を感じるために、行ってみたくなりますね!
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの全体像を一気に見れます。おすすめです!
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ代表建築を探訪するヴォーリズ研究の集大成 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ率いる建築事務所では、 大正から昭和の戦後にかけて膨大な数の洋風建築を手がけた。 今なお居心地のよいその空間を愛好するファンは数多い。 国内各地に現存するキリスト教会、ミッションスクールから洋風住宅、 商業ビルに至る代表建築を探訪し、なくなった名建築とともにその見どころを解説する。 カラー口絵を含む図版約300点と、年譜・建築作品リストなど基礎資料も収載した ヴォーリズ研究の集大成。
Amazonより
建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、日本の近代に来日したアメリカ人です。来日当初は英語教師でした。その後、人との出会いによって日本で建築家・実業家となります。日本に帰化して、多く時間を近江で過ごして青い目の近江商人と呼ばれます。もっと知りたくなりますね。私ももう少し調べてみようと思います。