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建築家 ジャン・プルーヴェを知ろう! ヴィトラ社スタンダードチェアなど

建築家 ジャン・プルーヴェは、フランス・パリ出身の建築家であり工業デザイナーです。職人的な視点から工業デザインを経て建築に取り組んだ、当時最先端の視点をもった建築家と言えます。

本記事の内容

本記事では、建築家 ジャン・プルーヴェの略歴、代表作、書籍を紹介したいと思います。建築家 ジャン・プルーヴェは、フランス・パリ出身の建築家です。同時期にル・コルビジェとも一部の工業用素材で協働していますが、同じフランスでもその方向性が大きな違いがあるのがとても面白いです。近代、工業化、素材としての新しい鉄の利用などは同じですが、アルミニウム製の家などは、まったく新しい住宅素材であったと思います。その作品は、今見ても、とても新鮮です。

気になる建築家・デザイナーはいつ生まれたのだろう?誕生年からみる歴史

目次

  1. 建築家 ジャン・プルーヴェの略歴
  2. 建築家 ジャン・プルーヴェの代表作 紹介
    • 1934 Standard Chair(スタンダードチェア)
    • 1949-51 Maison tropicale
    • 1950s Petrol Station
  3. 建築家 ジャン・プルーヴェの書籍 紹介
  4. まとめ

1.建築家 ジャン・プルーヴェの略歴

建築家 ジャン・プルーヴェは、1901年にフランス・パリで生まれました。

ジャン・プルーヴェは独学の建築家であり、デザイナーです。ル・コルビュジエは、ジャン・プルーヴェを建築とエンジニアリングを融合させることができる稀有な人物であるとして、協働しています。

建築家 ル・コルビュジエ

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ジャン・プルーヴェの主な成果は、美的品質を失うことなく、製造技術を産業的な側面から「建築」に移転することでした。ジャン・プルーヴェは、 建築デザイン、工業デザイン、構造デザイン、家具デザインといった分野を超えたデザインスキルを持っていたといえます。

ジャン・プルーヴェは、芸術家であった父ヴィクトール・プルーヴェと、ピアニストのマリー・デュアメルの2人目の子供として生まれました。

父のヴィクトール・プルーヴェは、ガラス工芸の芸術家であったエミール・ガレと、家具デザイナーのルイ・マジョレルを含む活気ある芸術界に属していました。そのため、ジャンは父親が所属していた芸術集団の理想と、エネルギッシュな環境の中で育ちました。

その芸術集団の目標は、「芸術を容易に利用できるようにすること」、「芸術と産業の間、そして芸術と社会的意識の間のつながりを築くこと」であり、これはジャン・プルーヴェが生涯の中で追求していくことと大きく関連しています。

1914年から1917年まで、ジャン・プルーヴェはナンシーの美術学校に通います。その後、パリ近郊にある鍛冶屋であったエミール・ロバートに弟子入りし、その後パリの金属工房に弟子入りしました。

その後、1923年にジャン・プルーヴェはナンシーで自身の工房をつくります。ジャン・プルーヴェは錬鉄製のランプ、シャンデリア、手すりなどを製造し、1924年には「寝椅子」といった新しい家具の設計を始めました。

ジャン・プルーヴェは、金属板の滑らかな表面を好んでおり装飾的なスタイルを徐々に放棄しました。彼は金属板を利用して、店先のファサード、エレベーター、家具などの設計をはじめます。

ジャン・プルーヴェは、1923年から1927年にかけて、建築家のジャック・アンドレや画家のエティエンヌ・クルノーとともに、コミテ・ナンシー・パリの活動にも関わっていました。

1930年、プルーヴェは現代芸術家連盟の設立に関わります。そのマニフェストには「論理、バランス、純粋さを好む」と書かれていました。

プルーヴェは1931年に「アトリエ・ジャン・プルーヴェ」をオープンし、フランスの建築家ウジェーヌ・ボードゥイン、マルセル・ロッズと協力して、クリシーのメゾン・デュププル、航空クラブ、陸軍キャンプなどのプロジェクトに取り組み始めました。

プルーヴェはまた、さまざまな家具デザインでシャルロット・ペリアン、ピエール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエとは従兄弟)と協力しました。

戦争中は、自転車と「パイロバル」と呼ばれるストーブを製造するビジネスでなんとかアトリエを維持しました。

1936年までに、プルーヴェは病院、学校、オフィスの家具の標準モデルカタログを作成し、大量生産に備えました。

1939年には、フランス軍のために携帯用兵舎を設計します。その後、難民のためのフレームハウスの大量生産を復興省から委託されました。安くてスピーディーに建てられる新しい住宅が必要とされました。

こうした住宅が世界中で必要とされていた時代であったため、プルーヴェはバックミンスター・フラーと並んで、こうした携帯用住宅分野のリーダー的存在となります。

第二次世界大戦後(1939–45)には、家具の大量生産に新しい方法や材料を使用することへの関心が高まりました。

合板、アルミニウム、スチールなどの素材のメーカーは、デザイナーを後援し、この時期に実験的な作品を展示したデザイナーには、プルーヴェ、ピエール・ガーリッシュ、ルネ・ジャン・カイレット、ジョセフ・アンド・レモット、シャルロット・ペリアン、アントワーヌ・フィリポン、ジャクリーヌ・ルコックがいます。

1953年、彼はギニアのコナクリにあるホテル・ド・フランスのレストラン・ファサードを設計しました。これは、海上で回転して開くという全く新しいアイデアのシャッターで構成されています。

1954年には、ホームレスの人々のための緊急住宅を建設するための寄付を呼びかけます。そこでプルーヴェは、「メゾン・デ・ジュール・メイユル」(より良い日々のための家)を設計しました。

その家は、ベッドルーム2室と広いリビングエリアを備えた57平方メートルの広さで、簡単な道具を備えた数人の男性が7時間で家を建てることができました。

ジャン・プルーヴェの金属製家具は大量生産されていますが、プルーヴェの家具作品には、シャルロット・ペリアンやピエール・ジャンヌレとの頻繁なコラボレーションが含まれ、そのスタイルは、当時のバウハウスの鋼製家具とは一線を画しています。

それは、バウハウスが好んで使用した鋼管技術を拒否していることです。プルーヴェは、「溶接よりも曲げ、プレス、圧縮」された板金の耐久性と形状をより信頼していました。それは、もともとプルーヴェがデザイナーではなく、職人としてそのキャリアを始めたこととも大きく関係をしていると思います。

プルーヴェのデザインは、手元にある素材の知識、アーティストと職人のコラボレーション、進化する技術開発への関心によって成立してしますが、一方で「推進力を失ったり、夢中にならないように決定を延期しないという原則」を含む作業哲学を持っており、ビジネス的な思考も併せ持っていました。

1971年、プルーヴェはパリのポンピドゥーセンターのデザインの審査委員長を務めました。 審査員の仲間であるフィリップ・ジョンソンとともに、彼はリチャード・ロジャースとレンゾ・ピアノのプロジェクトの選択に非常に重要な役割を果たしました。

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プルーヴェは1984年にナンシーで亡くなりました。

2.建築家 ジャン・プルーヴェ代表作 紹介

1934 Standard Chair(スタンダードチェア)

ヴィトラ社が販売する、スタンダードチェアはジャン・プルーヴェの代表作の一つです。フランスのナンシーでのコンペティションをきっかけにデザインされ、当時としては画期的なプライウッドとスチールで構成されています。

座り心地にも定評があるため、現在も人気の椅子です。

1949-51 Maison tropicale

アトリエ・ジャン・プルーヴェは、フランスの植民地であったアフリカの住宅と市民の建物の不足に対処するため、アルミニウム製プレハブ住宅、メゾン・トロピカルを設計します。

ジャン・プルーヴェは、1949年から1951年の間に西アフリカ向けに3つのプロトタイプのメゾン・トロピカルを設計し製造しました。

1つはニジェールの首都ニアメに、2つはフランスの植民地であったコンゴの首都ブラザヴィルに出荷されました。ブラザヴィルでは同じ敷地に二棟組み立てられました。1つは家として、もう1つはアルミニウム製品を販売するフランスの会社の事務所としてです。

1949-51 Maison tropicale 建築家 ジャン・プルーヴェ
wikipedia

ブラザヴィルの1つとニアメの家は、最終的には分解されてパリに返送されました。折りたたまれた鋼板とアルミニウムで作られていたため(すべての部品は平らで軽量)輸送は容易で、貨物機にきちんと詰めることができました。

1949-51 Maison tropicale 建築家 ジャン・プルーヴェ
wikipedia

1950s Petrol Station

ジャン・プルーヴェと弟のヘンリーによって1953年に設計されたガソリンスタンドです。

初めて連続製造されたガソリンスタンドといえます。

当初はフランスのオートロアール県にありましたが、解体されて2003年にヴィトラ社に移築されました。

3.建築家 ジャン・プルーヴェの書籍 紹介

ジャン・プルーヴェ 20世紀デザインの巨人 (Pen BOOKS)

コストパフォーマンスと写真などの含めると私の好きなTaschenが良いのですが、この本は日本語でしっかり全体像が把握できるのがいいです。

ジャン・プルーヴェは、職人、構造家、デザイナーなので、そうした混在した概念を把握するためには、まずは日本語というわけで、やはり日本語書籍から入るのをお勧めします。

今なお世界中に多くの愛好家をもつ、 デザイナーにして建築家のジャン・プルーヴェ。

「スタンダードチェア」をはじめとする家具の作品解説から、 その美学と哲学を考察する記事、 国内外のコレクター宅&ギャラリーの「プルーヴェのある景色」まで、 貴重な写真をふんだんに収録した、Penクオリティの作品集です。

プルーヴェ・コレクターとしても有名な世界的デザイナー、 八木 保氏をアート・ディレクターに迎え、 プルーヴェの実娘、カトリーヌ・プルーヴェ氏による寄稿も掲載。 記事は完全バイリンガル(日英)。 NIGO(R)氏、Wonderwallの片山正通氏、UNDER COVERの高橋 盾氏、 L’Arc-en-CielのTETSUYA氏、 さらに、海外の著名ギャラリストたちのプライベートコレクションも収録。

Amazonより

4.まとめ

建築家 ジャン・プルーヴェは、フランスを中心に活躍した近代を代表する建築家のひとりです。メゾン・トロピカルなどは、本当に画期的で、戦争、難民、災害などをキーワードにして現在でもそのまま利用できます。この近代の時代に、建築でやるべきチャレンジは全てやってしまっているように感じるのは私だけでしょうか。

注意説明 公共建築以外の場所の特定は行っていません。個人の所有物である住宅は、場所の特定をしないように配慮しております。ご了承くださいませ。

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