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建築家 ピーター・アイゼンマンを知ろう! ユダヤ人のための記念碑など

建築家 ピーター・アイゼンマンは、米国のニュージャージー州出身の建築家です。ピーター・アイゼンマンの理論も建築も、とっつきにくく難しいイメージが強いですね。

本記事の内容

本記事では、建築家ピーター・アイゼンマンの略歴、代表作、書籍を紹介したいと思います。建築家ピーター・アイゼンマンは、理論家であり、建築家であり、教育者でもあります。エール大学・ケンブリッジ大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学・オハイオ州立大学などで教鞭を執りました。彼の建築を読み解くのは、パズルをやっているようです。みんながピーター・アイゼンマンのような作り方をすると困りますが、たまには、こんな作り方の建築があっても良いですね。

目次

  1. 建築家 ピーター・アイゼンマンの略歴
  2. 建築家 ピーター・アイゼンマンの代表作 紹介
    • 1975 HOUSE IV
    • 1999 ガリシア文化都市
    • 2004 虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑(ホロコースト記念碑)
  3. 建築家 ピーター・アイゼンマンの書籍 紹介
  4. まとめ

1.建築家 ピーター・アイゼンマンの略歴

建築家ピーター・アイゼンマンは、1932年にニュージャージー州で生まれました。両親はユダヤ人です。コーネル大学を卒業してコロンビア大学で修士号を取得し、その後ケンブリッジ大学で学位を取得します。

彼はニューヨーク・ファイブと呼ばれる5人の建築家(ピーター・アイゼンマン、チャールズ・グワスミー、ジョン・ヘイダック、リチャード・マイヤー、マイケル・グレイブス)のひとりです。エール大学の「グレー」にちなんで、「ホワイト」とも呼ばれます。当時のこれらの建築家の作品は、ル・コルビュジエのアイデアを再構成したものとしばしば見なされていました。その後、5人の建築家はそれぞれ独自のスタイルとイデオロギーを構築し、ピーター・アイゼンマンは脱構築主義と建築の関係を深めていきます。

それは、デコンストラクティブ、後期前衛、後期モダニストなどとも呼ばれます。ピーター・アイゼンマンのプロジェクトに見られる特定の様式の断片化は脱構築主義者としてラベル付けされ、ジャック・デリダとの関係についても言及されています。

彼の著作では、比較分析を含むトピックがおおく、特に建築という規律の解放と自律化に対して、ジュゼッペ・テラーニ、アンドレア・パラディオ、ル・コルビュジエ、ジェームズ・スターリングなどを対象としています。また、自分の設計でも建築形態を「解放する」ことへ焦点をおいており、それは学問的および理論的にも注目に値しますが、構造が十分に検討されておらずクライアントから非難されることも多かったそうです。

2001年に、クーパー・ヒューイット国立デザイン美術館から国立デザイン賞を受賞しました。

2.建築家 ピーター・アイゼンマン代表作 紹介

1971 HOUSE IV

House IVでは、限られたルール(シフト、回転、圧縮、拡張)を、限られた建築要素(立方体の立面、断面、空間的グリッド)に適用して、建築を構築しています。このようにして作成された建築は、実体が記号として認識され、建築から機能や意味を克服するという行為において「建築」という既存形式を脱構築します。

House IVで採用された方法は自動的(オートマチック)決まるため、外部から決定された恣意的な動機から自由になるように意図されています。つまり段階的な手順モデルを確立し、その後に線、平面、ボリュームなどの基本要素が設定され、それらの要素自体が自動的にデザインをするということです。その結果が建築になるか、または計画やファサードなどの建築上の特徴を持つかどうかは彼の建築における評価基準ではありませんでした。

つまり、「House IV」のプロジェクトで重要な点は、建築というオブジェクトを設計することではなく、従来の「建築」という権威の制約から解放されたプログラムを探すこといえます。

House IVでは、このオートマチックな自律性に加えて、上階と下階の階層的性質を特定の弁証法関係と組み合わせています。つまり、正面性と傾斜が弁証法のひとつであると見なされた場合、正面性がモダニズムの好ましい視点であるとすると、下階では斜めの視点の重要性が、上階の正面と同等になりました。また、例えば「同時に知覚されたものは、順次知覚されたものと等しい」といった具合です。

https://eisenmanarchitects.com/House-IV-1971
https://eisenmanarchitects.com/House-IV-1971
注意説明 公共建築以外の場所の特定は行っていません。個人の所有物である住宅は、場所の特定をしないように配慮しております。ご了承くださいませ。

1999-2013 ガリシア文化都市

ガリシア文化都市は、ピーター・アイゼンマンによって設計された複合文化施設です。 建物のデザインは、複雑な曲線が含まれており、建物はなだらかな丘のように見えます。この構造の実現は困難で費用が大幅にかかりました。外部ファサードの数千の窓は、すべて独自の形状を持っています。このプロジェクトは当初の予算の2倍以上になり、計画された最後の2つの建物の建設は2012年に中止され2013年にプロジェクトの建設中止が最終的に発表されました。

1999年にガリシア議会はガイアス山の文化センターを対象とした国際デザインコンペティションを開催しました。参加者は、リカルド・ボフィル、マヌエル・ガジェゴ、アネット・ギゴン、マイク・ガイヤー、スティーブン・ホール、レム・コールハース、ダニエル・リベスキンド、ジャン・ヌーヴェル、ドミニク・ペロー、セザール・ポルテラ、サンティアゴ・カラトラバです。

ピーター・アイゼンマンプロジェクトのコンセプトは、ガイアス山の新しいピークであり、遺跡を彷彿とさせる石の地殻を伝統的なシンボルであるホタテ貝に似た自然の切れ目で分割したものです。

2004 虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑

ヨーロッパの殺害されたユダヤ人記念碑(別名ホロコースト記念碑)は、ホロコーストのユダヤ人犠牲者を記念して設計されました。建築家のピーター・アイゼンマンとエンジニアのブロ・ハッポルドの作品です。約19,000平方メートルのサイトで構成され、傾斜したフィールドにグリッドパターンで配置された2,711のコンクリートスラブで覆われています。

当初の計画では約4,000枚のスラブを配置する予定でしたが、記念碑への車椅子でのアクセス可能を義務付ける新しい法律が可決され、再計算後、指定された領域に合法的に収まるスラブの数は2,711でした。

石碑の長さは2.38メートル、幅は0.95メートルで、高さは0.2から4.7メートルです。それらは列をなして編成され、そのうちの54は南北に向かっており、87は東西に直角に向かっています。地下には約300万人のユダヤ人ホロコースト犠牲者の名前が収められています。

建物は2003年4月に始まり、2004年12月に完成しました。

3.建築家 ピーター・アイゼンマンの書籍 紹介

The Formal Basis of Modern Architecture

ピーター・アイゼンマンの初期の論文(博士論文)です。アイゼンマンの思考の原点がわかります!

In 1963 at the University of Cambridge, Peter Eisenman — world famous for his Holocaust Memorial in Berlin (2005) and respected and feared by his colleagues for his intellectual acuity and quick-wittedness — wrote a dissertation on the formal

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4.まとめ

建築家ピーター・アイゼンマンは、米国を代表する建築家です。機能とか、使いやすさとか、そういった実用面ではなく「建築」という概念が抱える意味を「建築」自体によって再構築していく手順がとても興味深いです。どの建築も「向かう先」がはっきりしているので、今見ても面白いですね。

注意説明 公共建築以外の場所の特定は行っていません。個人の所有物である住宅は、場所の特定をしないように配慮しております。ご了承くださいませ。

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