
建築家 今井兼次は、東京の赤坂出身の建築家です。ガウディを日本に紹介した建築家としても知られています。
本記事の内容
本記事では、建築家 今井兼次の略歴、代表作、書籍を紹介したいと思います。建築家 今井兼次は、日本の近代における表現主義的なモダニズムデザインを代表する建築家です。今井兼次はヨーロッパを歴訪した後に、カトリック信者となります。ガウディのデザインにも影響を受け、教会の崇高性をモダニズムデザインとどのように組み合わせるか熟慮する中で、さまざまな独自の表現が生まれてきたようにも感じます。
目次
- 建築家 今井兼次の略歴
- 建築家 今井兼次の代表作 紹介
- 1958 碌山美術館
- 1959 大多喜町役場
- 1962 日本二十六聖人殉教記念館
- 建築家 今井兼次の書籍 紹介
- まとめ
1.建築家 今井兼次の略歴
建築家 今井兼次は1895年に東京の赤坂区(現:東京都港区元赤坂)で生まれました。早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、すぐに助手を経て助教授になります。
1926年から、ヨーロッパを外遊します。そこではシベリアから北欧、中央ヨーロッパをめぐり、当時主流であったバウハウス、またアントニ・ガウディ、ラグナル・エストベリ、ルドルフ・シュタイナーの建築からも大きな影響を受けます。
1937年に早稲田大学教授に就任します。1948年にキリスト教の洗礼を受けます。バウハウスやル・コルビジェに代表される合理主義的方法に突き進むモダニズム建築とは一線を画し、表現主義的要素を交えた近代建築を追求していきます。
1960年に大多喜町役場で日本建築学会賞作品賞を受賞し、1963年には日本二十六聖人殉教記念館で再度日本建築学会賞作品賞を受賞します。今井兼次研究室出身の建築家としては、建築家であり早稲田大学教授でもあった池原義郎が有名です。
1987年に92歳で亡くなります。
2.建築家 今井兼次の代表作 紹介
1957 碌山美術館
碌山美術館は長野県安曇野市にある私設美術館です。荻原碌山は「東洋のロダン」といわれ、近代における日本の彫刻芸術の先駆者として知られています。碌山美術館は1957年に竣工しました。
荻原碌山はヨーロッパを歴訪して当時の初期のモダニズム思想から大きな影響を受けており、またキリスト教徒として洗礼を受けました。こうした点からも、設計者である今井兼次との共有点が見られます。
この碌山美術館はキリスト教の教会のような極めてシンボリックなデザインをしています。それは、荻原碌山が経験なキリスト教徒であったこと、ヨーロッパで地域に根ざして生活と一体となった公共空間としての教会を見てきたことなどが影響しています。この美術館もそうした、地域に開放された場であったほしいという願いがありました。
また内部の調度品に関する意匠には、彫刻家の笹村草家人が尽力しました。



1959 大多喜町役場
大多喜町役場は、1959年に竣工しました。地上1階・地下1階の鉄筋コンクリート造で、斜面に下階の一部を埋め込む形となっています。この外部に面する地階に議場があります。
構造は鉄筋コンクリート造で、意匠はコンクリート打ち放しです。立面はガラス窓を大きく配置するなどモダニズム建築の特徴が強く見られます。一方で、今井兼次の特徴である表現主義的な意匠やモザイク壁画などの装飾が各所に見られます。
現在大多喜町役場は、千葉学建築計画事務所により耐震改修と増築が行われました。

1962 日本二十六聖人殉教記念館
長崎県長崎市にある日本二十六聖人記念館は、今井兼次の代表作です。日本二十六聖人の顕彰を目的としており、列聖100周年にあたる1962年に開館しました。
長崎には豊臣秀吉の時代から厳しいキリシタン迫害の歴史を持っています。日本二十六聖人とは、1597年に豊臣秀吉の命によって磔にされた26人のカトリック信者(後に聖人となる)のことです。

この記念館が建つ場所は、まさにその殉教の地です。 記念館の正面階段を登ると壁面には、彫刻家の舟越保武による26聖人の記念碑があります。

その後ろに、今井兼次設計の記念館が見えます。26聖人記念碑の前には7段の階段があります。十字架にかけられる時のイエス・キリストが登ったと言われるスカラ・サンタという階段を彷彿させます。
今井兼次のデザインでは、サグラダ・ファミリア教会の設計者であるガウディの影響が見られます。1962年に第14回日本建築学会賞を受賞し、また2003年にはDOCOMOMO JAPANが選定する「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」にも選ばれています。


3.建築家 今井兼次の書籍 紹介
今井兼次建築創作論
今井兼次の思想が自身の建築に即して書かれています。この時代の建築の思想、設計、生活などは一体であったのだと思い知らされます。とても読みやすいので、おすすめです。
生涯、尽きることのない創作のエネルギーを持ち続けた建築家・今井兼次。自らの作品に即して、創造する喜びと苦しみを、真情あふれる言葉で綴った貴重な創作論。言葉のひとつひとつに「人間今井兼次」が生きている。
Amazonより
4.まとめ
建築家今井兼次は、日本の近代を代表する建築家です。多くの日本のモダニズム建築は、取り壊しにあったり、あるいは残されても記念碑的な位置づけになることが多いです。しかし、今井兼次の大喜多町役場は違います。ここは、実際に使われながら改修されて、さらに現役です。こうしたストックとしての建築が残っていくと、とても嬉しいです。