建築家 長谷川逸子は、日本を代表する現代建築家です。伊東豊雄と共に野武士世代の代表格と言われています。
本記事の内容
本記事では、建築家 長谷川逸子の略歴、代表作、書籍を紹介したいと思います。建築家 長谷川逸子は、第二次世界大戦後の日本を代表する建築家です。その建築は、建築の中に都市を内包するような独特な空間を持っています。また、建築業界は日本に限らず女性の進出が極めて低かったのですが、その中で女性の進出の魁となった建築家といえます。
目次
- 建築家 長谷川逸子の略歴
- 建築家 長谷川逸子の代表作 紹介
- 1984 眉山ホール
- 1989 湘南台文化センター
- 1998 新潟市民芸術文化会館
- 建築家 長谷川逸子の書籍 紹介
- まとめ
1.建築家 長谷川逸子の略歴
建築家 長谷川逸子は、1941年に静岡県で生まれました。関東学院大学工学部建築学科を卒業したのち、東京工業大学研究生、菊竹清訓事務所を経て、1979年に長谷川逸子建築計画工房を設立します。
伊東豊雄と共にいわゆる「野武士」世代の代表としても知られています。
代表作としては、まず1984年に竣工した眉山ホールです。長谷川逸子は眉山ホールで日本建築学会賞作品賞を受賞します。また、1986年に建築公開コンペで最優秀賞を受賞した湘南台文化センターがあります。
2.建築家 長谷川逸子の代表作 紹介
1984 眉山ホール
1986年に竣工した眉山ホールは、静岡精華学園の研修センターです。この眉山ホールで、伊東豊雄(シルバーハット)と木島安史(球泉洞森林館)と共に、長谷川逸子は日本建築学会作品賞を受賞します。
この眉山ホールは多くの幾何学形態の集積であり、都市の中の森といったような、樹海といったような、極めて独特な形態を持っています。
残念ながら現在はこの眉山ホールは解体されて現存していません。
1989 湘南台文化センター
湘南台文化センターは1989年に竣工です。湘南台文化センターは公民館、こども館、市民シアターなどの機能を有する複合施設です。
磯崎新や槇文彦が審査員を努めた公開建築コンペにより長谷川逸子の設計案が最優秀賞を受賞します。
デザインとしては、球状の構造物が特徴といえます。それは、直径37mの市民シアターと子供館のプラネタリウムとしての機能を持っています。
1992年に第33回BCS賞を受賞しました。
1998 新潟市民芸術文化会館
新潟市民芸術文化会館は1998年に竣工です。新潟市中央区の白山公園にあるホール施設です。また「りゅーとぴあ」とも呼ばれています。
この白山公園には、佐藤総合計画の「新潟県民会館」と岡田新一の「市音楽文化会館」があり、この新潟市民芸術文化会館はこうした施設にブリッジによって接続されています。
デザインとしては、レンズ状の緑の丘として沿った屋根が特徴です。もともとこの敷地には体育館、県民会館、音楽文化会館が建っているため、その隙間に新潟市民芸術文化会館が出来たことで、全体として一つのランドスケープデザインとなっています。
単独の建物とともに、全体としての一体となった設計手法が極めて秀逸です。
3.建築家 長谷川逸子の書籍 紹介
長谷川逸子の思考【全4巻特別付録付函入りセット】
長谷川逸子の設計理念を50年に及ぶ設計活動の中からあぶり出すまさに決定版です。長谷川逸子を知るのにオススメの一冊です。
私たちの身体の感受性を基点に、ひらかれたコミュニケーションを通じて、明るく柔らかい空間をつくり続けて来た建築家・長谷川逸子。半世紀におよぶ思考の軌跡を論考・作品解説・講演・インタビューのみならず、対談や鼎談、多木浩二らによる批評をも組み込んだ著作集の函入り全巻セット。
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4.まとめ
建築家 長谷川逸子は、日本の戦後を代表する建築家です。公共物も多いので見に行くことのできる建築が多くあります。また、女性の建築設計への進出のはしりという意味でも重要な建築家といえます。ぜひとも長谷川逸子の明るく柔らかな空間を体験してみましょう!